明晰なテーマ、ダイナミックな構成

中 野 中(美術評論家)

「壊れかけた太陽」 和紙・アクリル・墨 194×259㎝ 3003年 作品番号1-04

 田中正巳の魅力は、明確なテーマ性と爽快で強靱な造形力にあろうかと思う。
ことに近年、「壊れかけた太陽」シリーズになって、その度合いは急速に深まりつつある。それにしても「壊れかけた太陽」とは何ともおぞましいタイトルであることか。しかし一方で、そのことを首肯している自分に気がついて、更に愕然とする思いがある。つまりこのタイトルには二段構えの仕掛けが、作家の意図する、しないに関わらず、ありそうだ。
 太陽が壊れる。ひと昔まえまでそんなことは夢 想だにされなかった。太陽が壊れるとは、自然態系の破壊であり、生命の終焉を意味する。そんなバカなことがと思いつつ、確実に太陽の破壊が、つまり生命態系の崩壊が進んでいることを認めずにはおれない。何と恐ろしく、おぞましいことか。
 作家自身、恐ろしいタイトルだと自認している。その上で、何が起こっても不思議ではない現在によく似合う言葉だとも言う。

「父と子の季節」シリーズを10年ほど続けたあと、圧倒的な力の自然と人間の非力さを対比させるような形で、太陽と人物を配置した「祈り」という作品を何点か描いたことがあった。その何点目かに描いた太陽の形がグシャグシャになって、私には一瞬、壊れかけた太陽に見えた。
 その時ハッと体の中を駆けめぐるものがあった。「太陽が壊れる?・・・」私は自問自答した。地球上のちっぽけな人間から見て絶対的な存在に見える太陽もいつかは必ず壊れる時が来る。・・・そのことを人間は科学として知っている。・・・
 その果てしない絶望の中で、人間が生きていくエネルギーはどこから生まれるのか・・・人間のできること、またしなければならないことは何なのか・・・の問いかけや、太陽が壊れかけるイメージが現代社会の人間が抱えている危機感とオーバーラップする感覚が、自分の絵画制作の動悸として大きく膨れあがっていった。

 田中がこの一月、第九回朝日チューリップ展準大賞(大賞該当者なし)を受けて開いた個展の折のコメントである。
 作家の制作へのモチベーションが、「太陽が壊れかけるイメージが現代社会の人間が抱えている危機感とオーバーラップする」ところにあるという明晰な意識が、作品の明確さになっていよう。
掲載作品は昨年の第58回行動展の出品作である。「壊れかけた太陽」は第56回から始まっており、57回展よりキャンヴァスを和紙に、油彩絵具をアクリルと墨に代えている。
 画面は赤と黒が適度の余白をともなって鬩ぎ合っている。太々しく豪毅に、縦軸をなす赤の棒杭に、横から黒が突き当たり、赤の周りに墨を飛び散らしている。何とも骨太で、どっしりした構成が逞しい。がだからといって鈍重なことは少しもない。二方向へのヴェクトルを基軸に全体としてのムーヴマンが生まれており、少しも見飽きることがない。
 加えて中央にドゥローイングのような白の曲線や左手に見える描線は、それまでの作品から推測するに向日葵の枯枝であろう。あるいは人型らしきシンプルなフォルムも伺われる。何も枯枝であるとか人型だとか措定する必要もないのだが、それらが観る者に親しみを抱かせ、互いの距離を縮めておる。
 つまり、先ほど引用した作者の思い、「地球上のちっぽけな人間から観て絶対的存在」の「太陽もいつかは必ず壊れる時が来る」という科学的知識がもたらす予感を十全にプレゼンテーションし、「果てしない絶望」を知るからこその優しさ、そこから生まれる勇気が生きるエネルギーを紡ぎ出してゆく。黒の筆勢やにじみ、ぼかしがそのことを暗示している。
 しかも、和紙を支持体とすることで、キャンヴァスに油彩にみる画面への押し出しやアピール性の発進力の強さに較べ、どこか一歩引いて構えたような吸引力をつくり出している。赤い太陽という強烈な存在、しかし壊れかけて痛みを伴っている。それは一人太陽のみならず、この世の生きとし生けるものすべてに関わることなのだ。そのことを、画面の中に観者の目を吸引し、心を作家の目と同じ地平におかせて考えさせる、そうした効果をも生んだ。

 和歌山県に生まれ、金沢美大に進んだ。当初は描写的な表現からスタートしたというが、田中にとって自然を含めた自分とかかわる社会や人間との関係を問うことこそが作品のテーマとして強く意識されるようになる。そうした過程の中で、人間の本然性を問えば問うほど自然は抽象化され、そのことによってモチーフはおのずと峻別され、人間(社会)と自然の関わりを緊密化してきた。
 「父と子の季節」シリーズや「祈り」の数点には具象が見え隠れして、いわば半具象の中での象徴化を目指していたが、「壊れかけた太陽」シリーズに入って大きく飛翔し、心象抽象の世界に分け入ったといえよう。
 かつ、紙と墨との出会いにより、本来持っていた骨格の太い構成力と細部への配慮よきバランス性に加え、画面全体が鎮もる強靱さ、即ち瞬発力のみでなく、深まりゆく持続力をも獲得しつつある。
 田中正巳はようやくにして本質的なテーマを探し当て、素材にも最も適切性を得た。大きな飛翔への予感がある。

( 2004年7月号Vol.41 Art Journal誌 Art Selection 中野 中のこの一作 掲載 )

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